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東京高等裁判所 昭和51年(行ケ)54号 判決 1978年6月28日

原告

フイリツプス・ペトロリユーム・コンパニー

右代表者

ジエイ・ダブリユ・ダビソン

右訴訟代理人弁理士

淺村皓

外一名

被告

特許庁長官

熊谷善二

右指定代理人

瀬戸昭夫

外二名

主文

特許庁が昭和五〇年一二月一〇日同庁昭和四二年審判第八六五〇号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立<省略>

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三六年七月一九日、名称を「共軛ジエン重合方法」とする発明につき、一九六〇年(昭和三五年)七月二五日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(以下、この出願を「原出願」という。)をし、昭和三八年五月二七日出願公告された。そして、同年一〇月三日、原出願から名称を当初原出願と同一、その後「ブタジエン重合方法」と訂正した発明につき分割出願(以下、この出願を「本願」という。)をしたところ、昭和四二年八月一五日拒絶査定を受けたので、同年一二月一二日審判の請求をし、特許庁同年審判第八六五〇号事件として審理されたが、昭和五〇年一二月一〇日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和五一年一月二八日原告に送達された(出訴期間として三か月附加)。

二  原出願発明の要旨

反応排出液中から未反応の共軛ジエン化合物及び重合体を引続き回収する工程を伴う、Ⅰ、Ⅱ及びⅢ族に属する金属の有機化合物及び金属水素化合物により成る群から選ばれた化合物を主成分として含有する蝕媒の存在する反応域における共軛ジエン化合物の重合反応において、前記の回収工程に先立ち、回収工程に用いられる条件下で低揮発性を有する高分子量カルポン酸を、前記蝕媒を不活性化するために前記の排出液中に添加することを特徴とする共軛ジエン化合物の重合方法。

三  本願発明の要旨

重合活性なAIR3(式中Rは水素、一価の飽和非環式炭化水素基、一価の飽和環式炭化水素基、一価の芳香族炭化水素基またはこれらの組み合わせを示す。)及び少なくとも一種のチタニウムのハライドから成る蝕媒の存在下、反応帯において1.3―ブタジエンを、主としてシス1.4―付加物を有する重合体に重合し、ついで反応帯流出流から重合体を回収する1.3―ブタジエンの重合方法において、一連の反応帯においてマイナス一五〇ないし二一二度Fの範囲内の温度で重合を行ない、かつ、系列中の最終反応帯における温度をその系列の最初の帯における温度よりも高く維持することを特徴とする、1.3―ブタジエンの改良重合方法。

四  本願発明の記載されている個所

本願発明は、原出願の明細書の特許請求の範囲には記載されていないが、その発明の詳細な説明の項に記載されている。

五  審決理由の要点

原出願及び本願の各発明の要旨はそれぞれ二、三のとおりであり、本願は、原出願の発明が出願公告決定されその決定の謄本が出願人に送達された後(以下、単に「出願公告決定後」という。)に原出願の分割出願として特許出願されたものである。

ところで、特許法(昭和三四年法律第一二一号、昭和三九年法律第一四八号による改正前のもの。以下同じ。)第四四条第二項は、特許出願の分割は、特許出願について査定または審決が確定した後はできないことを規定しているにとどまり、特許出願についての査定または審決が確定する前であるならば、どのような発明についても無条件に特許出願の分割ができることを定めたものではない。

一方、明細書の補正については、出願公告決定前にあつては、明細書または図面に記載した事項の範囲内で特許請求の範囲を増加ないし変更する補正は許容されるが、出願公告決定後にあつては、特許法第六四条第一項各号に定める事項を目的とするものに限られる。

さらに、特許出願は発明についてされるのであるから、出願の分割は、本来特許出願されている発明、具体的には明細書の特許請求の範囲に記載されている発明について、それが二つ以上ある場合について許容されると解すべきである。ただ、出願公告決定前にあつては、特許法第四一条の規定により特許請求の範囲の増加または変更が許容されている結果、明細書中に記載されているが、その特許請求の範囲に記載されていない発明についても、特許出願の分割が認容される。

しかるに、本願は、原出願の出願公告決定後の分割出願であるから、本願の特許出願の時にあつては、原出願について特許請求の範囲の増加はもはや許されない。かくしてみると、本願発明は原出願において特許出願されていない発明であると解すべきである。

なお、出願公告決定後には、その特許出願の明細書の特許請求の範囲に記載されていない事項について、出願の分割の利益、すなわち出願日の遡及が許されないとすることは、出願公告決定後にあつては、特許法第六四条第一項各号に定める事項を目的とすることについてのみ補正を認容し、善意の第三者に不測の不利益を与えることを防止していることからみても妥当である。

したがつて、本願は原出願の分割出願であるとは認められず、出願日の遡及も認められない。

そして、本願発明と特許出願公告昭三八―七二四一号公報(原出願の特許公報)、特にその発明の詳細な説明の項に記載された発明を比較すると、本願発明は右公報に記載された発明であるから、特許法第二九条第一項第三号の規定により特許を受けることができない。

六  審決の取消事由

本願が原出願の出願公告決定後の分割出願であることは認める。しかし、審決は、次に述べる理由により違法であるから、取消されるべきである。

(一)  特許法第四四条第一項と第二項をあわせて素直に読めば、「特許出願に二以上の発明を包含する場合には査定または審決の確定まで分割出願することもできる」と解され、他に分割出願に関する制限を設けた規定は特許法上存在しない。

しかるに、審決は、特許法第六四条及び第四一条の規定を根拠に、出願公告決定後には、明細書の特許請求の範囲に記載されていない事項について、分割出願の規定は適用されないと解しているが、かかる解釈は誤りである。すなわち、

特許法第六四条第一項及びその但書は、出願公告になつた出願(本件の場合についていえば、原出願)についての補正の時期的及び内容的制限であつて、新出願である分割出願についての制限規定ではない。したがつて、出願公告された原出願の特許請求の範囲には記載がないが、その発明の詳細な説明の項の記載中に二以上の発明があつてその一を分割するに当り、原出願に補正の必要のない場合(本件がこれに当る)には、特許法第六四条第一項違反を理由として分割出願を拒否されるいわれは全く存在しない。

また、特許法第四一条は、出願公告決定前における明細書の補正の許容範囲を示す規定であつて、出願公告決定後の分割出願とは何ら関係はない。出願公告決定後の補正に関する制限規定が第六四条にある以上、第四一条は第六四条の解釈の根拠にはなりえても、第四四条の分割出願とは本来関係はない。もしあるとすれば、分割出願が補正を必須とする場合に、出願公告決定前ならば第四一条、その後ならば第六四条の補正の制限に関連するのみである。

(二)  特許法第四四条第一項にいう「二以上の発明」とは、明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限らず、発明の詳細な説明の項の記載を含む明細書全体の記載から読みとれるものを指すことは疑いのないところであつて、出願公告決定前であると後であるとを問わない。なぜならば、出願公告決定後の特許請求の範囲に記載されていれば、出願人が自発的に費用と手間のかかる分割出願をする利益はない(唯一の利益と考えられる特許法第三八条但書違反の異議理由の場合でも、昭和五〇年改正法では異議理由から削除されている。)のであるから、分割の対象を出願公告決定後は特許請求の範囲の記載事項に限るとすれば、特許法第四四条の趣旨は死文化して了う。もし、審決のいうとおりであれば、第四四条第二項に「特許出願の分割は査定又は審決が確定した後はすることができない」とのみ規定するはずはなく、少なくとも「ただし、出願公告決定後は特許請求の範囲に記載された発明についてするものに限る」とか何か制限もしくは禁止規定が付加されるはずと考えられるからである。また、「特許発明」という場合は別として、単に出願係属中に「発明」という場合には、明細書全体に記載された技術思想を指すのであつて、それが出願公告決定になつた途端に特許請求の範囲の記載のみを指すように変るということは寡聞にして知らない。

(三)  また、審決は、出願公告決定後に明細書の特許請求の範囲外の事項についての分割出願が許されないのは、特許法第六四条第一項によつて補正事項を制限して善意の第三者の利益を保護している点からも妥当であるとするが、これは原出願の補正と新出願である分割出願とを同一視する誤りのほかに、あたかも分割出願が無審査で権利化して第三者に不測の不利益を与えるかの如く錯覚しているものである。そもそも特許法の規定が出願人(又は特許権者)と第三者との衡平の見地からつくられていることは、原告もこれを認めるにやぶさかではない。しかし、開示した技術思想についてその代償として特許を受ける権利は、発明者なり出願人なりに与えられた基本的な権利であり、また、その故に、従前から出願公告決定後の出願であつても、明細書の発明の詳細な説明の項の記載から特許請求の範囲に記載された発明とは異なる発明の分割が許されて来た。

原出願の出願公告決定後の分割出願は、審査官による審査を受け、出願公告され、異議申立による公衆審査を受けて初めて特許権の設定の登録がされるのであるから、出願公告決定前の分割と同様に善意の第三者に不測の不利益を与えることはない。原出願の出願公告を見た第三者にしても、従前から出願公告決定後の分割出願が許されているのが事実である以上、出願公告の特許請求の範囲の発明だけが保護されていると考える合理的な根拠はない。出願公告を見るほどの特許の知識を有する第三者ならば、むしろ、分割出願が明細書の発明の詳細な説明の項の記載からもされる可能性を予期することが普通である。

(四)  以上のとおりであつて、審決が本願を原出願の適法な分割出願ではないと判断したのは誤りであり、この判断を前提として、本願発明につき、原出願の特許公報に記載された発明との比較上特許を受けることができないとした審決は違法である。

第三  被告の答弁

一  請求原因一ないし五の事実は認める。

二  同六の取消事由は争う。審決の判断は正当であつて、原告主張のような違法はない。その理由は次のとおりである。

(一)  原告の主張(一)、(二)について

原告は、特許法第四四条第一項及び第二項の規定から、出願の分割は査定または審決が確定するまですることができると解釈しているが、これは独断である。審決において述べたとおり、同条第二項は、特許出願の分割が査定または審決が確定した後はできないと、できない時期を明記しているにとどまる。したがつて、同項は査定または審決の確定前であれば無条件にいかなる事案についても特許出願の分割ができるとする根拠にはなりえない。

次に、特許出願がその明細書の特許範囲に記載された発明につき特許を受けることを請求するものである以上、特許出願された発明が特許請求の範囲に記載された発明であることは疑いはなく、したがつて、出願の分割は特許請求の範囲に記載された発明が二以上ある場合に限つて許容されると解すべきである。この解釈が正当であることは、特許法第四四条第三項の規定が、同条第一項の規定による新たな特許出願に係る発明がもとの特許出願をした時にすでに出願されていたことを前提として規定されていると理解しない限りこの規定と先願主義を宣明した同法第三九条第一項の規定との矛盾を説明できないことからみても、明らかであろう。

そうしてみると、明細書の発明の詳細な説明の項のみに記載されている発明について新たな特許出願をする場合には、本来もとの特許出願についての①当該発明をその明細書の特許請求の範囲の項に加入する補正をし(当該発明について新たに特許出願をすると同時に)、②その特許出願の明細書の特許請求の範囲の項から当該発明を削除する補正をなすという二回の補正を要するものである。ただ、出願が分割された後の時点でもとの特許出願の明細書特許請求の範囲を観察すれば、何らの補正をなさなかつたと同じ外観を呈するが(また実務上も手続を簡略にするため、上記二回の補正という手続を行つてはいない。)、手続面に現われないからといつて、上記二回の補正が本来、不要なものということにはならない。

そして、もとの特許出願について、出願公告決定前の時点において、当該発明が明細書に記載された事項の範囲内にある場合には、前記①の補正は特許法第四一条の規定により許容されるし、また、前記②の補正も同条の規定により許容されるから、当該発明について新たな特許出願をすることが許容されるが、出願公告決定後の時点における補正は、特許法第六四条第一項但書の各号に掲げられた事項に限られる結果、前記①の補正ができないから、当該発明について新たな特許出願をすることはできない。

(二)  同(三)について

審決は、出願公告決定のあつた出願について、善意の第三者に不測の不利益を与えないように、明細書の補正が制限されているというのであつて、まだ出願公告決定のない分割出願が無審査で権利化するようなことは考えていない。

原告主張のように、出願公告を見るほどの者であれば分割出願が明細書の発明の詳細な説明の項の記載からもされる可能性を予期するのが普通であるか否かは知らない。むしろ、特許法が一発明一出願の原則を採用している以上、出願公告をなすべき旨の決定がなされた後は、その明細書の特許請求の範囲に記載された発明と全く異質の発明が分割出願として新たに出願されることは予想しない方が普通であろう。

なお、出願公告決定後にその特許出願(親出願A)の明細書の発明の詳細な説明の項にのみ記載されている発明について新たな特許出願(子出願B)をしてよいとすると、少なくとも次の弊害が生ずることが予想される。すなわち、先後順の審査において、先願Aが出願公告された後、先願(親出願)明細書の特許請求の範囲に記載された発明と後順Cの明細書の特許請求の範囲に記載された発明とを比較するのみで、後願Cを出願公告すべきものと決定すれば、結果的に後順Cの出願人に不利益を蒙らせることになる。なぜならば、先願(親出願A)から分割され、その現実の出願日が後願の出願日よりも後である子出願Bは、親出願の出願日に出願があつたものとみなされる(特許法第四四条第三項)から、子出願Bに係る発明と後願Cの発明とが同一である限り、後願Cは拒絶を免れることができないからである。

したがつて、後願の出願人にこのような不利益を蒙らせないようにしようとすれば、従来のように、先願(親出願A)の明細書の特許請求の範囲に記載された発明を理解するために、Aについてその発明の詳細な説明の項を検討するだけでは不十分であり、特許請求の範囲に記載された発明Aとは別に、発明の詳細な説明中に記載されている発明B、さらには、それ単独では発明を記載しているとは認められないような断片的な技術情報にすぎないものさえも、逐一検討しなければならなくなる。このことが先後願の審査にきわめて重い負担を課すものであることは明らかであろう。しかも、この負担は長期にわたつて負わなければならないものである。すなわち、原告の所論に従えば、子出願について査定または審決が確定するまで行うことができ、そして、親出願について査定または審決が確定するまでに一〇年が経過することもそう稀なことではないからである。かくして、先後願の審査は実質上不可能になる。

第四  証拠関係<省略>

理由

一<省略>

二そこで、原告主張の取消事由について考察する。

(一)  審決は、本願が原出願の出願公告決定後の分割出願であり、かつ、本願発明が原出願において特許出願されていない発明(明細書の特許請求の範囲に記載されていない発明)であることを理由に、本願を適法な分割出願ではないとし、これについて出願日の遡及を否定している。

(二)  出願の分割については、特許法第四四条第一項に「特許出願人は、二以上の発明を包含する特許出願の一部を一又は二以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定するのみであり(この規定は、旧特許法((大正一〇年法律第九六号))第九条第一項の「二以上ノ発明ヲ包含スル特許出願ヲ二以上ノ出願ト為シ……」の規定と同趣旨である。)、同条第二項に「前項の規定による特許出願の分割は、特許出願について査定又は審決が確定した後は、することができない。」と消極的に時期的要件を規定し、さらに、同条第三項に出願日遡及の効果を規定しているが、他に出願の分割に関する制限を設けた規定は特許法上存在しない。そうだとすると、同条第一、二項の規定をあわせると、第二項に定める以外の時期、すなわち、査定または審決が確定するまではいつでも、出願の分割をすることができると解するのが当然であり、同項をもつて、被告主張のように、出願の分割ができない時期を明記したにとどまるとすることは、その表面的な解釈であつて、当を得たものでない。したがつて、昭和四五年法律第九一号の改正前の特許法においては、査定または審決の確定前である限り、出願の分割に時期的な制限はなく、それが出願公告決定前であると後であるとによつてその法的効果を異にすべき根拠はないといわねばならない。なお、その後に改正された現行の特許法第四四条第一項には、「特許出願人は、願書に添付した明細書又は図面について補正することができる時又は期間内に限り、二以上の発明を包含する特許出願の一部を……新たな特許出願とすることができる。」と規定されており、出願の分割をすることのできる時期を出願公告決定の前後によつて区別していないことに徴しても、(同法第六四条第一項参照)右の趣旨をうかがうことができる。

(三)  次に、被告は、出願の分割は特許請求の範囲に記載された発明が二以上ある場合に限つて許容されると解すべきである旨主張する。

特許制度の趣旨は、人類の生活に寄与する新技術が創造されたならば、これを広く社会に公開して、一般にその発明を利用する機会を与え、他方、発明者に対しては、その代償として、その発明について一定期間の独占権を与えることによつて保護し、もつて、公共の利益と発明者の利益を調和し、全体として産業の発達を図るところにある。ところで、特許法第三八条は、一発明一出願の原則を定め、その例外として、一定の関係を有する複数の発明についてのみ一願書で併合出願することができるものとしている。しかし、出願明細書の中には、一発明一出願の原則に反する場合や、特許請求の範囲に二以上の発明が記載されているが併合要件を満さない場合に限らず、特許請求の範囲には記載されていないが、発明の詳細な説明または図面に開示されている発明がある場合がある。発明者は、このような発明についても公開し、社会に提供する意思を表明しているとみるべきであるから、公開の代償として独占権を与えるという前記の特許制度の趣旨からすれば、発明者は、このような発明についても、本来特許を請求する権利を有するといわねばならない。特許法第四四条にいう出願の分割の制度は、このような趣旨から、一発明一出願の原則に反する出願や特許請求の範囲に二以上の発明が記載されているが併合要件を満さない出願を救済するためだけではなく、当初は特許を請求していないが明細書の発明の詳細な説明または図面に開示されている発明について、後日特許を請求するための出願人の権利をも定めたものと解すべきである。

したがつて、出願の分割は、もとの出願の特許請求の範囲に記載された発明についてだけ許されるのではなく、明細書の発明の詳細な説明または図面に記載されている発明についても許されるのであつて、このことは、出願公告決定の前後を通じて変らないものと解するのが相当である。

被告は、右のように解すると、先願が出願公告された後に先願の明細書の発明の詳細な説明にのみ記載された発明について特許出願した後願人は、その後にそれと同一の発明が先願の分割として出願されることによつて、後願が拒絶される不利益を蒙る旨主張するけれども、ある出願に係る発明が出願公告された場合には、第三者としては、その明細書中特許請求の範囲以外の個所に記載されている発明について、もはや先願としての地位は生じないと考えるのは早計であつて、そのような発明についても、その出願について終局的処分がされるまではいつでも、出願の分割によつて、特許権が発生する可能性があることに留意しなければならないものであるから、後願人等に不測の事態が生ずることがありうるからといつて、特許法第四四条第一項の解釈を変更すべきものとはなしえない(なお、旧特許法の分割出願について当庁昭和五三年五月二日言渡、昭和四七年(行ケ)第八九号事件判決参照)。

(四)  そうすると、本願が原出願について査定または審決が確定する前に特許出願されたことは、弁論の全趣旨により明らかであり、さらに、本願発明が、原出願の明細書の特許請求の範囲には記載されていないが、その発明の詳細な説明に記載されていることは、当事者間に争いのないところであるから、本願は、適法な分割出願であつて、その出願が原出願の時にまで遡及するものというべきであり、これに反する審決の判断は誤りである。したがつて、原出願の特許公報に記載された発明と対比して本願発明の新規性を否定した審決は違法であつて、取消を免れない。<以下、省略>

(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)

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